おかしな天気が続きますね…。
どうにもパッとしない。

そりゃま、地方にもよりますが。
で、ようやく夜走る。

ずいぶんと放ったらかしだったな。
すまんな相ボー。
パパっと夜更けのミニストップへ。

タンクトップとメッシュジャケットじゃ、走ると少し肌寒いくらいだった。
夜は海まで来ても空いてていーや。

ま、だからナンだって話ですが。
それだけ…。
そんなこのところであります。
大学院生の姪が、大阪の実家ではなく、なぜか我が家に帰省しまして。
ま、楽しく晩飯なんか食ってた折に、スガキヤがまた関東にさ…なんて世間話をしたのですが。

関東からはとうに姿を消したスガキヤですが、滋賀で育った姪は、私と同じく幼い頃に慣れ親しんだ味だったそうで。
「懐かしいわぁ…」と、並々ならぬ想いを持っている様子。
でも、ここから一番近くても、静岡県富士市なんだよねぇ…。
と、言う事で。
じゃ行くか。

…と。(カミさんは呆れている)
姪は「アホや…ww」と笑いつつ家を出ました。
とは言えお盆初日。
真っ赤に染まる東名は避けて、海岸沿いの下道をひたすら走るワケですが。

同じ様に、帰省ラッシュの渋滞を回避する事を考える奴は多いワケで。
悪天で海水浴客こそ少ないけど、やはり国道もソコソコ詰まっていた。
あの先、箱根の山の向こうに、オレたちの天竺はあるんだ…と。

「そう容易くは辿り着けないからそこの価値だ」と、姪も言う。
芦ノ湖にも富士山にも、目もくれず。

黙々と箱根峠をぬけました。(カミさんは寝てた)
かくして3時間。
ついにやって来たイオンタウン富士南。

この中にスガキヤはあるらしい…。
おお…。

最後に食べたのはいつぶりか…覚えていない。
たぶん中学くらいかな…。
こうしてたどり着いたのでした。
あ、あぁ…スガキヤだ!。

私と姪は、その匂いを嗅いだだけで興奮していた。
ちなみにスガキヤは創業80年。
戦後すぐに甘味処として、その歴史がスタートし、色々とスタイルを変えつつ、今日まで生き残るのですが。
この様なフードコートスタイルを確立する時、この呼び出しベルを、この国で最初に導入したのが、スガキヤなのだ。

スガキヤはその歴史だけにあらず、フードコート界のパイオニアでもあるのです。
そして…ついにご対面。
こ…こ、これだぁ…。

このコショーの香り…。
脳みそに鳥肌が立ちましたね。
幼い頃、隣街の「ユニー」へついて行っては、親に食べさせてもらった。
そのスガキヤはオモチャ売り場の隣りにあって、それはまだファミコンもない頃に、誕生日やクリスマスの思い出と並んでいた。
スープを口へ運ぶ度に、そんな幼い頃の思い出が、一つ一つ蘇ります…。

たが…これで終わらないのが、スガキヤの真骨頂。
それが…。
コイツだ!

ソフトクリーム界のチョモランマ。(意見には個人差があります)
有りとあらゆるソフトクリームを登りつめた男が、最後にたどり着く山なのだ。

生まれて初めて覚えたソフトクリームの味…。
一年で最も道が混む様な日に、3時間もかけてやって来た甲斐は十分な、変わらぬ美味しさだった。
…さ、帰るか。
アホや…ww。
と、言う夏の思い出でした。
次は我が神奈川で会おう!スガキヤよ!。
そんなこのところであります。
一体どう言う成り行きでそうなったのか…。
よくは思い出せないのですが。

両親を温泉へ連れて行く事になりまして…。
どうせなら行った事ない所がいいかな…なんて私が口走ったせいで。
なぜか私が行きたがってた様な空気になっていて。

少々解せない気もしつつ…。
とにかく、カミさんと両親連れて鬼怒川へ行ってきた。
まぁ、両親もすっかり高齢となり。
そんな事もあろうかと、少し車も大きくしたワケですから。

皆で楽しくやってきましたよ。
ざっくりと記しますと。

まずは「さのまる」に出迎えられて、佐野SAで佐野ラーメンを皆に紹介する。
実はですね…。
父方の祖父は、親父が10歳の時に他界してまして。
当然私は会った事ありません。
この祖父は、当家にムコとして入られた方で。
その旧姓を「茂木」(もてぎ)と言い、この先の足利出身だったそうな。

何せ父が子供の頃亡くなっているので。
親族との関わりも途絶えてるのですが、その旧姓からしても、この辺りの地方に私と父のルーツがあり。
この地方のどこかに、先祖も眠っているのだろうと。
そんな所をですよ。
通りすがるだけでも、一度は父と訪れてみたいなと…。
そう思いながら、これまでバイクで一人すすってきた佐野ラーメンを、家族で食えたのは良い思い出となりました。
そんな鎮魂の想いと共に北関東道を抜けて、やって来たのは足尾町。

コチラで銅山観光。
坑内へはトロッコに乗って入ると言う、なかなかオツな演出付き。

なにせ暑かったですから、年寄り連れには涼しい坑内を歩くのがちょうど良かった。

思ったより見応えありましたよ。
奥飛騨の神岡もそうですが、興盛と衰退の歴史を肌で感じ、山深い静けさが郷愁を誘う。
そんな風にひっそりと歴史を伝え続けて欲しい所ではありますが、今は世界遺産登録を狙っているらしい。

佐渡も石見もそうだと言うなら、俺たちも黙ってられるかと言う事なんだろう。
で、まぁ後は宿でゆっくりと。
鬼怒川名物の廃ホテルも眺めてきましたね。

恐らく海外からの観光客でごった返してるであろう日光は避けて、帰りは「鹿沼へ向かいニラ蕎麦でも食うか」と。

そう言って寄った道の駅でしたが、中の蕎麦屋が閉店してましてね…。
「あーぁ」って話なんですけど、まぁ…母とカミさんは安い野菜が買えれば、それで喜んでますのでまぁいいかと。
とにかく暑く、他の蕎麦屋を探して歩ける様な状況でもなく諦めたのですが、帰りのSAで見つけた。

左が佐野名物だいこん蕎麦で、右が鹿沼名物ニラ蕎麦の合い盛り。
コレが足利だとネギに変わるらしい。
まぁ…そんなこんなの旅でした。
そして関東内陸の暑さは、やっぱりえげつなかったですね。
一人旅に出ようと意気込んでた私ですが…。
ちょっと考えるな…。(だってこの旅費だって私が…ナニするハメに…)
そんなこのところであります。